プラハ&ウィーン旅行(その3)

※過去の旅行記になり内容は最新ではございません。

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翌日、朝ごはんを食べて元気モリモリな若者二人。ホテルからプラハ城まで徒歩で行く事に(今は隙あらば楽をする事ばかり考えて即効で乗るのにね。若いよね、ほんと。若いってそういうこと ※2度目)

 

テクテク...。

靄の中のプラハ城。

 

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テクテクテク...。

ルドルフィヌム(ドヴォルザークホール)

 

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当時は何のホールなのか知らないまま撮ってたんだけど、何年後かにのだめカンタービレで映った時に初めて有名なコンサートホールだった事を知った。クラシックの分かるちゃんとした大人にいつかはなりたい。でも私の音楽レベル2歳から13歳までエレクトーンやってたけど未だに音符読めない時点でお察し。

 

 

テクテクテクテク...。

カレル橋入口到着!でかい!!(語彙力!!!!)

 

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プラハ最古の橋で、その名前が付いたのは1870年になってから。その前は普通に「石橋」と呼ばれていたって..そのまんま。カレル橋といえば両脇の聖人像。15体ずつの合計30体が一定の間隔で並んでいるんだけど、これ現在は全てがレプリカなんだって。

 

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数ある聖人像の中でも、観光客に特に人気なのは聖ヤン・ネポムツキー像。

台座のレリーフを触ると幸せになれるというので皆触って金ピカつるつる。あれから14年..効果はまだない。(どうやら幸せになる為には、左右のレリーフに同時に触らないとダメらしい。幸せになりたいなら手を広げて掴みにいきましょ)

 

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Wikiで調べますと、こんな文が。

ヨハネの殉教の背景には、当時のボヘミア王ヴァーツラフ4世とカトリック教会との対立がある。具体的な経緯については、空席となっていた修道院長の人選をめぐる大司教ヤン・イェンシュテインとヴァーツラフ4世の対立に巻き込まれたとする説や、司祭として知りえた王妃の告解の内容を王に明かすことを拒んだからとする説などがある。いずれにせよ王を怒らせた聖ヨハネは拷問を受け、1393年3月20日に落命した。その遺体はカレル橋の上から投げ捨てられたが、同年4月17日、ヴルタヴァ川の川岸で発見された。プラハ聖ヴィート大聖堂内には、フィッシャー・フォン・エルラーハが手がけたバロック様式の墓がある。

 

カレル橋から投げ捨てられるとか‥壮絶な人生を送ったのに、人に幸運与えようとしてくれているなんてマジ聖人。レリーフ触って幸せになった人はちゃんとお墓参りするべき。